神田松之丞の講談「和田平助」の台本書き起こし

講談師:神田松之丞
日本講談協会所属
活動時期:2007年~
本名:本名:古舘 克彦(ふるたち かつひこ)

神田松之丞の講談「和田平助」
お笑い演芸館(2018年9月6日放送)より

神田松之丞「和田平助」

一席申し上げたいと思いますけれどもね。
誰だ?お前は感がすごいですよね。
感じますよみんなのビンビンにね。
大人だからあんま出さないようにして頂きたいなって思ったりもするんですけど。
講釈でございましてね。
今講釈師ってね東京大阪合わしてなんと80人しかいないんですよ。
でしかもですね一番若い男性っていうのは誰かと言うとなんとなんと東京大阪合わして私でございます。
何もここで羽織脱がなくてもいいんですが…。
つまり皆さんに何が言いたいかというと皆さんは今大変に貴重なものを見てる。
だから私の講談が全然面白くなかったとしてもああ~貴重なものを見てるよと。
脳内奮い立たせて頂きたいななんて事を思ったりするんですがね。
でなんでね講談ってこんなに廃れちゃったのかっていうと色んな理由があるんですがまず第一に何を言ってるかよくわからない。
かなり致命的な欠陥なんですよ。
言語がお客様と演者つなぎますからこれ何言ってるかわからないつらいんですね。
こんな感じなんです。
昔の講釈師ってねまくらっていってこんな雑談みたいなしゃべんないですからポ~ンって本編入っちゃう。
ポ~ンと本編入っちゃうのはいいんですけどそれがまた何を言ってるか…。
こんな感じのをちょっとやってみましょうか。
卍巴と降る雪の中…。
もう既に「卍巴」で置いてけぼりなんです。
ですから子供なんかねお母さんいると聞いちゃったりなんかして「お母さんお母さんお母さんお母さんお母さん」「何よ」。
「今さ講釈師さんが言った“卍巴と降る雪の中”の“卍巴”ってどういう意味?」。
「いいのよ」。
いいのよ?まさかの「いいのよ」。
「いやそうじゃないんだよ。気になる…」
「いいのよ」。
「大人はわかったふりして聴いてんだから」。
「お前もわかったふりして聴いてりゃいいの」。
「だってだってだって気になる」
「気になるの?それだったらね“卍巴と降る雪の中”の次に講釈師さんが言うセリフ聞いてああ~卍巴ってこういう意味なんだなって推測すればいいの」。
「そうか次に講釈師さんが言う言葉を聞けばいいのか」。
次に講釈師がなんと言うか。
卍巴と降る雪の中ぎんぼしらんびょうたるしころずきんな後ろになげ…。
「お母さん」!
「全然わかんないよ」。
「そうなのよ。講釈ってそういうもんなの」っていい加減なんですね。
講釈ってねそもそもね大体30分とか50分とか長い話なんですよ。
で私今日オファーされた時にね「やってください」って言われた時間がね「5分で」って。
いや無理無理。
なんで俺だけこんなハンディ背負なきゃいけねえんだと…。
漫才とかコントはいいですよ。
講談きついんですよ。
でもそうするとねそれじゃあただ上がれなくなっちゃうんで魔法の言葉がありましてね。
この張扇でさあいよいよここからが面白いわけでございますがなんとなんとお時間がいっぱい…。
こうやると…もうこうやってなるという。
これね絶妙なタイミングでこれを言います。
で今ねここにいるお客様が一丸となってテレビ見てるお客様が一丸となってこの続きはどうなるんだろうどうなるんだろうと思った時にこの続きはまたいつの日か。
こうやるとお客さんがうわ~もっと聴きたかったぜという興奮が生まれる。
ただ全然お客さんがピンときてないと終わった。
すげえ変な空気になる。
どっちになるかはわかんないんですがちょっと堅いお話ですがねどこで切れるかお楽しみにして頂ければと思いますが。
昔和田平助という人がおりまして大変な武芸者でございます。
スッと刀を抜くともう相手は指を切られている大変な名人達人でございました。
当時の武芸者の一番の名誉というのは後世に名前を残す事なんだそうです。
考えたら我々そうですね。
宮本武蔵とか柳生十兵衛名前を知ってる。
これが大変な名誉であるという。
ところがこの人どういう訳か無名でございました。
誰に仕えていたかと言いますと皆さんご存じのあの水戸黄門に仕えておりました。
名君といわれた水戸光圀公でございますから平助の名人を見破って寵愛をするという別格にあずかる。
この時に同家中で面白く思わない者が大勢出てまいりまして中でハナブサヘイダユウという者。
「なんだ?あんなの名人でもなんでもない」。
「俺がひとつ打ち負かしてやろう」。
ついに自ら申しい出まして御前試合という運びになった。
でこの時ヘイダユウの方の望みが変わっております。
まずこの碁盤を前に出す。
でその上に1人が手のひらを乗せてもう1人が短刀を逆手に持って振りかぶって振り下ろす。
でこっちが手を引く。
これで傷が付くか付かないかで勝負を決めようっていうんです。
さあ名人上手といわれた2人が変わった試合をするというもんでございますから大広間は立錐の余地もございません。
正面が1段高くなっていて御簾が下がってる。
その中に光圀公ピタ~ッと座ってご覧になってる。
やがて立派な本榧の碁盤が御前へと出されました。
2人とも後ろ鉢巻きたすき十字にあやなしますや袴の股立ち高々と取り上げますとまずハナブサヘイダユウが右の手をピタッと碁盤の上へ置きました。
これに対して平助正勝短刀ギラリと鞘払い。
「やっ!」目と目がピタッと合った。
ちなみにこの「えい!」と言ったら「やっ!」と気合をかけないと気合負けというのをするんだそうです。
ジャンケンだってなんだってそうですね。
「ジャンケン!」って大きな声出してるヤツの方が大抵勝つんですから。
なんだこの微妙な空気は。
そういう訳でございまして「えい!」「やっ!」ものすごい気合でございました。
光圀公マジマジマジマジと見つめておりましたがそのうちに光圀公の顔の色がガラッと変わる。
「しまった。名人を傷物にした」。
思わずこうお漏らしになったのはどういう訳か?
実は平助正勝短刀を逆手に持っております。
これちょっと皆さんも頭ん中想像して頂きたいんですが短刀を逆手に持ってるっていう事はやいばが上を向いてます。
しかも短い刀ですからこの支えのツバがない。つまりどういう事か?
和田平助が「よいしょ」と攻撃を仕掛けると相手の手の甲を突こうが突くまいが勢い余って下までズルズルって行ってしまう。
つまり攻撃を仕掛けた方が必ず四本の指が切れるという仕掛けでした。
これが光圀公にわかったものですから「しまった。名人を傷物にした」。
思わずこうお漏らしになったんですがもう事ここに至ってやめえというわけにいきません。
「えい!」「やっ!」気合が同時に聞こえた。
これ同時に聞こえたんですよ。
いくら私が講釈師だからって「えい!」と「やっ!」を同時に言うわけにはいかない。
「えい!」「やっ!」同時に聞こえたと思ってください。
光圀公「しまった。名人の指が切れる」。
ハナブサヘイダユウ「馬鹿め四本の指が切れるわ」。
和田平助正勝短刀を振りかぶって「よいしょ~!」と振り下ろしていく。
物語はここからいよいよ面白くなるわけでございますがなんとなんとお時間がいっぱいいっぱい…とやるわけでございますが私に明日はございません!
早速にこの続きを申し上げてもよろしいでしょうか?
なんか恥ずかしいですねお互いに。
さあここが名人上手の違いなんです。
どうやってこの場を乗り切ったか。
そのままいくと四本の指が切れてしまいます。
和田平助頭がいいですね。
「よいしょ!」ってやった時スッと向きを変えたんです。
これがあまりの早業ですから「参った」と言ってしまった。
どっちが勝ちどっちが負けという事は判定がつきます。
「見苦しい下がれ」。
これで全国にこの男の名前は知れ渡っていきます。
「すごいヤツが出てきたらしいな」
「すごいどころじゃねえんだ」。
「うまいらしいな」
「うまいどころじゃねえんだ」。
「名人上手なんだって?」
「名人上手どころじゃねえんだ」。
「名前は?名前はなんていうんだい」?
「名前はよ和田平助正勝っていうんだよ」。
「はあ~そうかい。じゃあその和田平助正勝なる者はきっと後世に名前が残るに違えねえやな」。
ところが和田平助は後世に名前が残る事がありませんでした。
なぜ名前が残る事がなかったか…。
お時間でございます。
というところでおなじみの和田平助みんなモヤモヤしたところでおあと交代でございます。

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