春風亭三朝の落語「酒落番頭」の台本書き起こし

落語家:春風亭三朝
落語協会所属
活動時期:2002年~
本名:三浦祐樹(みうら ゆうき)

春風亭三朝の落語「酒落番頭」
桂文枝の演芸図鑑より

春風亭三朝「酒落番頭」

え~一席おつきあいを願いますけれども
まあ我々落語家でございますんで結構ねいろんなところへお仕事行きましてまあお客さんの前でおしゃべりするんですけれども。
大体のお客様はねまあ我々の落語を聴いてこうわ~っと笑って頂く。
ところがね中にはあの~しゃれの分からない人ってのがいましてね。
今日のお客様にはそういう方はいらっしゃらないとは思いますけども。
いるんですよ。一席しゃべってね楽屋戻ってきたらお客さんが楽屋に来て
「すいません。さっきのは一体どういう意味でしょうか?」。
自分のギャグをね説明するぐらい恥ずかしいことないんですよ。
もうですからねもうしゃれというものはね分かんなくてもいいですけどどっちかってえと分かった方がいいようでございまして。
「さだや!さだきち!さだきち!」。
「へ~い。番頭さんお呼びでございますか?」。
「うん。今声がしていたようだがお客様が来ていたのか?」。
「はいお客様がいらしておりました」。
「そうかい。何か売れましたか?」。
「はい!お豆が売れました」。
「豆が売れた。何の豆が売れました?」。
「小豆が売れました」。
「小豆。小豆がどんだけ売れました?」。
「小豆が5合売れました」。
「そうかい。あそれはよかった。だけどいいかいお前ねあきんどってものはね『5合下さい』と言ったお客様には倍の1升を買って頂く。
『1升下さい』と言ったお客様には倍の2升を買って頂く。
これが商いってえもんだ。よく覚えとかなくちゃいけないよ」。
「はい!でも番頭さんの前ですけれどもやっぱり小豆は5合でいいと思います」。
「お前ね私の話聞いてなかったのかい?なぜ小豆は5合でいいんだ?」。
「だって昔から商売繁盛っていいますから」。
「さだきちちょっとこっちおいでお前。お前何かい?今私の前でしゃれを言ったのかい?いやいや別に怒ってるわけじゃあない。あ~そうかい。1升の半分5合でもって商売繁盛。
う~んうまいしゃれを言うね。
いやそういうしゃれは言わなくちゃいけないよ。
そりゃねうちはいい豆をそろえてお客様に売ってはいるがお客様からしたらねそりゃどこの店で買ってもおんなじだと思ってるかもしれない。
そこでねお前がそういうしゃれを言えばあのおわり屋の小僧さんさだきちさんはいつ行っても面白いしゃれを言うからせっかく豆を買うんだったらあのおわり屋さんで買いましょうということになる。
これがうちの商売繁盛につながる」。
「なるほど。へ~…」。
「商売繁盛。うまいしゃれを言うね。いや~さだきちお前あの小豆という豆。いつから日本にあるか知ってるか?」。
「はい!小豆桃山時代です!」。
「ハハハハ!これはうまい」。
「はい!豆知識!」。
「もういいから。あはいはい!あ~すぐに伺いますんで!今旦那様が私を呼んでるからさだきちいいかい?店番をよろしく頼んだよ。旦那様お呼びでございますか?」。
「あ~番頭さんよく来てくれた。さあさあさあこっちへ入っておくれ。
いやお前さんに来てもらったってのは他でもない。
いや実はね今朝ばあさんと朝の御膳を食べながら話をしていたらうちのばあさんが妙なことを言う」。
「あなたうちの番頭さんのことを知ってらっしゃいますか?」。
「ん?さへいのことだろ?さへいのことだったらね奉公に来たこんな小さなころから知っている。そのさへいがどうした?」。
「実はうちの番頭さん大層しゃれがうまいんですよ」とこう言う。
「う~ん?聞いたところによると何だね?お前のことをおわり屋の番頭さんとかさへいさんと近所で呼ぶ人はいないそうだね。
みんなしゃれがうまいからしゃれ番頭しゃれ番頭。あだ名で言うそうだ。
で私恥ずかしい話ね若い時分からそのしゃれというものがまるっきり分からない。
よくしゃれの分からないやつだとバカにされたもんだ。
そこでねお前がしゃれがうまいってんならそのしゃれを今日見せてもらおうと思ってねお前を呼んだんだ。よろしく頼むよ」。
「あさようでございますか。しかし旦那様の前ではございますがしゃれというものは見せるものではございませんで」。
「いやいやそんなに謙遜をしなくても」。
「いや謙遜をしてるわけじゃあございませんで。
しゃれというものは目で見るものではございません。
どちらかというと耳で聞くもので」。
「あ!耳で聞く?じゃあ何かい?三味線や太鼓を持ってきてその歌舞音曲に合わせてお前がこう何かしゃれやるのかい?」。
「いやいやそういうものでもないんでございます。
まあしゃれというものはどちらかといえばお酒を召し上がっている時に思わず口をついて出るという
それがしゃれでございまして」。
「じゃあそのしゃれはお酒を飲まないとできない?」。
「できないことはないんでございますがどちらかといえばお酒を召し上がっている時の方が出やすいもので」。
「そうかい?だけどねこの昼の日なかからお前にお酒を飲んでもらうわけにいかないから…。
じゃあちょっと待っておくれ。おきよ!おきよや!
あのねあの…湯飲みに水を1杯くんできておくれ。
はいはいうん。あ~私じゃないんだ。
番頭さんに差し上げて。番頭さん。すまないけどそのお水をお酒だと思ってグーッと飲んでしゃれをやっておくれ」。
「さようでございますか。そこまでおっしゃるんでしたら一つやりましょう。
では旦那様申し訳ないんですが『だい』を頂きたいんですが」。
「何だいお前私から代金を取ろうってのかい!」。
「いやその代じゃあございません。『だい』を頂きたい」。
「あ~じゃあお前が台の上にのぼって高いとこでしゃれをやる?」。
「いやそうじゃないんです。あのつまりですな品物を頂きたい」。
「お前ずうずうしいこと言うんじゃないよ。お前がねうまいしゃれをやったら私が好きなものをあげましょう。やる前から品物をよこせってそりゃお前ちょいとずうずうしいよ」。
「いやいやあのそうじゃございませんであのつまりその品物の名前を言って頂ければ」。
「あ何か言やあいいのかい?おぉ品物の名前ね。
そら何でもいいんだがなまじなかなかのことを言ってねお前に馬鹿にされるのも嫌だから…
番頭さん。向こうの石灯籠のとこ見ておくれ。
庭の石灯籠んとこ。あのカニがはい出してきた。
あれなんであんなとこにカニがいるのかってぇとね。
おとといの晩だ。うちの孫にね頼まれて縁日に一緒に行った。
あの沢ガニを売ってたもんだからねあれを買ってくれとせがまれたんで買ってやったのはいいがいやぁその日の晩のうちに逃がしちまってな。
方々探したんだが見つからない。
もうわんわんわんわん泣いていたらあんなところに隠れてい…
番頭さんちょうどいい。
じゃああの庭のカニでもって一つしゃれをやっておくれ」。
「カニでございますか?まさかカニが出てくるとは思いませんでしたがえ~庭のカニ…。
え~庭カニ…庭カニ…」。
「旦那様!」。
「うん!できたかい?」。
「いや…そう…にわかには…できないんでございます!」。
「そんなこと言わずに!やっておくれ!」。
「え?いやいや!ですから!そう!にわかには!できないんでございます!」。
「にわかにはできない?うん!『だい』を変えましょう」。
「いやいやいやいや!そうじゃないんです!え~ですからにわかにはできません!」。
「いやいやいきなり私がねぇ庭のカニなんて言ったのが悪かった。え~え~『だい』を変えよう。
何だ?そっちが騒がしいぞ?何をやっ…
アハハハ
番頭さん見ておくれ。うちの孫がねぇ鈴を蹴って遊んでいる。
子供ってのはどうしてあんなことをして楽しんでるかねぇまっ…
番頭さんちょうどいい。じゃああのねあの孫が鈴を蹴って遊んでいる。あれでもってやっておくれ」。
「あ~お孫さんが鈴を蹴ってらっしゃる。はいはいえ~鈴を蹴って…鈴蹴って…。旦那様!」。
「ん?できたか?」。
「いや!そう鈴蹴ってはできないんでございます!」。
「そんなこと言わずに…頼むよ!」。
「いやですから!そう鈴蹴ってはできないんでございます!」
「鈴蹴ってはできないか!うん…。『だい』を変えましょう」。
「いやいやいや!そうじゃないんです。そう!鈴蹴ってはできません」。
「もういい!お前は!何だい?お前。私がしゃれが分からないと思ってバカにしてるな?
何がしゃれのうまいしゃれ番頭だ。いいかい?
お前ね二度と私の前でしゃれを言うんじゃないよ。
いいからもう店番をしてな!まったく!」。
「あなた?一体どうしたんです?番頭さん血相を変えて店へ戻って行きましたよ?」。
「ばあさん。お前がいけないんだ!何がってそうだろ?ん?今朝お前は私に何つった?ん?
『うちの番頭さんはしゃれがうまいしゃれ番頭だ』
私は若いころからしゃれが分からないからね。
番頭さんにそのしゃれを見せてもらおうと思ってここへ呼んだんだ!
そしたらあいつは何つったと思う?
酒を飲ませろ代金をよこせそれから品物をよこせ。
ずうずうしいことばっかり言って。
いやねとにかく品物の名前を言えと言うから庭にカニがはい出してきた。
だからあれでもってやっておくれとこう言ったら『いやそうにわかにはできないんでございます』と。
まあねいきなり庭のカニなんて言って私が悪かったんだろうと思って孫が鈴を蹴って遊んでいたもんだからあれでもってやっておくれと言ったらそう鈴蹴ってはできないんでございますと私のことをバカにして」。
「あなた?それ本気で言ってるんですか?あなたバカですよ」。
「何がバカだ!お前亭主を捕まえてバカと言うやつがあるか!」。
「バカじゃありませんか。番頭さんはちゃんとしゃれを言ってますよ」。
「何を言ってる!しゃれなんぞ言いやしない」。
「よく考えて下さい。いいですか?庭にカニがはい出してきたんでそうにわかにはできません。
孫が鈴を蹴って遊んでいてそう鈴蹴ってはできません。意味がちゃんと2つずつ。
うまいしゃれじゃありませんか」。
「ちょっとお待ち?じゃあ何かい?それをしゃれってえのかい?
いや私は分からないからねこのバカ野郎なんてどなっちまった。
いやとにかくね番頭さんに謝らなくちゃ!」。
「本当ですよ。あなたはね若いころからしゃれが分からないんですから。
番頭さんはしゃれのうまいしゃれ番頭なんですからね。
番頭さんが何か言ったら『あ~うまいうまい』とお前さんは手をたたいて喜んでればいいんです。まったく!
「まあとにかく番頭さんに謝ろう。番頭さん!番頭さんこっちに来ておくれ!番頭さん!」。
「番頭さん…番頭さん…」。
「何だ!」。
「奥で旦那様が呼んでらっしゃいますよ」。
「お前に聞こえてるもの私にも聞こえてるよ!」。
「奥行かなくていいんですか?」。
「今私奥行ってごらん。お暇を出されるかもしれないよ!」。
「え?何ですか?番頭さんが?このおわり屋からいなくなっちゃうんですか?わ~番頭さんがこの店からいなくなったらおわり屋は終わりや!」。
「何をくだらないことを言って…お前いいかい?二度と私の前でしゃれを言うんじゃありません!」。
「だって番頭さんさっき『しゃれを言えしゃれを言え』って」。
「さっきはさっき!今は今だ!風向きが変わったんだ!」。
「風向きが変わった?わ~お天気みたい!しゃれのち雷」。
「うるさい!はいはい!すぐ伺いますんで!いいかい?店番を頼んだよ。旦那様先ほどは失礼を致しました」。
「いや番頭さん悪かったねお前しゃれを言ってくれたんだってね。
私は分からないからね。お前も人が悪いよ。しゃれを言ったんなら『旦那様今しゃれを言いました』と私に言えばいいだろ。
そうすればうまいうまい手ぐらいたたいたんだよ。
まあまあとにかくね気を取り直してもう一度しゃれをやっておくれ!」。
「旦那様私もうしゃれはできません!」。
「何しゃれはできない?アハハハハ!面白いしゃれだ」。

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