桂吉弥の落語「花筏」の台本書き起こし

落語家:桂吉弥
米朝事務所所属
活動時期:1994~
本名:富谷 竜作(とみや りゅうさく)

桂吉弥の落語「花筏」
桂文枝の演芸図鑑より

桂吉弥「花筏」

え~今日はお相撲のお話を聴いて頂こうと思いますけどね
東京大阪京都。それぞれに相撲がありまして
年に二場所10日間。年に二十日間しかないというのんびりした時分のお話でございましてね。
「1年を10日で暮らすええ男」なんて言葉があったそうでございますが
大阪の相撲が兵庫県高砂に相撲興行。10日間請け負うた。
ところが大阪の大関の花筏という一番の人気者が病気で行かれへん。
親方が考えまして花筏に似てるちょうちん屋の徳さんいうのをね花筏の影武者として。
顔がよう似てる肥えてるからちゅうので高砂までやってまいります。
「もう相撲は取らいでええねんおまはん。土俵入りだけしてくれたらええで」。ちゅうて
生まれて初めてちょうちん屋の徳さんまわし締めてもろうてね
土俵へ上がってまいりますけども体が小刻みに震えておりますな。
緊張でねブルブル…。
せやけどお客さんそういうに見ませんね。
「おい何であんな震えてんねん」。
「覚えとけあれがほんまもんの武者震いやがな」。
ええかげんなしこの一つも「よいしょ…よいしょ…」。
でもお客さんは信じてますから「あ~日本一!花筏ええぞ!」。
宿に引き上げてきてゴクリゴクリとお酒飲んであ~ゴロッと寝てしまう。
がらり夜が明けますと相撲は2日目また「よいしょ…よいしょ…」。
それでもお客さんは「うわ~!」大歓声。
ゴクリゴクリでゴロッでございます。
3日目。「よいしょ」「うわ~!」ゴクリでゴロッ。
4日目。「よいしょ」「うわ~!」ゴクリゴロッ。
「よいしょ」「うわ~!」ゴクリゴロッ。「よいしょ」「うわ~!」ゴクリゴロッ。
さあ皆さんもご一緒にまいりましょう。
「よいしょ」「うわ~!」
ゴクリゴロッ。
ご協力ありがとうございます。
で9日目までうまいこといったんでございますけど
この日まで勝ちっぱなしが千鳥ヶ浜大五郎という素人でございます。
昔はこんなんあったんですな。網元のせがれ相撲が好き。
好きなだけにまた強い。大阪の玄人相手に勝ち続けでございます。
いよいよあしたが千秋楽。町触ちゅうのがございまして
「明日の結びの一番千鳥ヶ浜には花筏千鳥ヶ浜には花筏」と読み上げた。
「おいいよいよ花筏相撲取るで。それも相手は千鳥ヶ浜!全勝であらおもろいな」ちゅうて皆は帰ったんでございますけど
あらびっくりしたんが徳さんでございまして。
「えらいことなったがなおい…あんな千鳥ヶ浜とあした相撲取るやなんて」。
「徳さん徳さん」。
「親方話が違いますやないかいな。私土俵入りだけしといたらええちゅうて」。
「いやいやお前もいかんとこあるで。宿屋の亭主がうちに来て言うにはな『花筏関相撲が取れんぐらいの病人やそうでおますけど毎日飯一升酒ニ升飲まはります。あんな達者な病人見たことない』言うて。
わしがな『それやったら相撲取らしましょう』ちゅうて大阪の相撲と八百長するつもりやってん。
ところが向こうはその言葉尻つかんで『それやったら今勝ちっぱなしの千鳥ヶ浜とやらしとくんなはれ。千鳥ヶ浜と花筏やったらこの相撲大入り。この興行尻跳ねすること間違いおまへん』と言われてみい。
向こうは素人こっちは大関。断れるか?な?度胸据えてあした相撲取れ!」。
「ぴ~…。えらいことになりました。わたいは身から出たサビやと思って諦めますけどな大阪で何にもわたいのこと分からんと待ってる26のせがれと4つになるかかが…」。
「あっちゃこっちゃやがなお前」。
「あっちゃこっちゃが待ってまんでどうぞ命ばかりはお助けを…」。
「泣かいでええ。あしたな土俵へ上がったら『天下の花筏俺でござい』と立派に仕切ってええか?こういうふうにやんねん。手ついてよいしょと立ち上がったら手を思いっきり突き出して相手に千鳥ヶ浜にちょっとでも触ったな思ったら尻餅つけ。すぐ負けたらええねん。見てた見物はどない思う?
『あら?えらいもろい負け方した。やっぱり相撲は取れんぐらい重たい病気やったんや。その病気押してまでわしらのために相撲取って見してくれた。花筏に悪いことした』と同情が集まって名前に傷はつかん。おまはんの体も無事やろが。な?
あしたそないしてくれ徳さん頼んだで」。こっちはこっちで寝てしまう。
全勝の千鳥ヶ浜の方も「おとっつあん今帰りました」。
「こっち来いお前。ええ?お前今日まで全勝や全勝や言うけどお前自分の力で勝ち続けてると思うか?今度の興行にわしは随分お金出してんねん。桟敷席はずっと買い続け相手がわざと負けてくれてるぐらいのことが分からんのかいお前。あしたお前ここ打ち上げてしもうたら何の義理も恩もない大阪の相撲憎たらしいお前を土俵の上へたたき殺して。知ってるか?お前。土俵の上で殺されても罪には問われへんちゅうのがあんねやないかい。情けない」。
「いやそうかておとっつあん。え~…そんなら相撲は諦めますけど花筏初めて相撲取りまんねん。見るのは勘弁しまへんか?」。
「あ~見るのはなんぼ見てもかまわん。相撲は必ず取ったらいかんで」。
「分かりました。ほんだら休ましてもらいます」。と
こっちはこっちで寝てしまう。がらり
夜が明けますと暗いうちからやぐらの太鼓が「天下太平国家安穏五穀豊じょう」。
ドドンガドガドガ打ち鳴らしております。
もう暗いうちから客がどんどんどんどん。
昔は室内じゃございません。もう広い広い外でやっておりましたからはよ行って前座らないかんちゅうのでね。
千鳥ヶ浜も後ろから見るだけにしても締め込み締めとこちゅうてまわし締めて浴衣羽織って見ておりましたが
相撲がどんどん取り進むうちに何や気になって前へ前へこう…。
千秋楽結びの一番呼び出しやっこが扇子をパラリ。
「西千鳥ヶ浜~。千鳥ヶ浜~」。
「東花筏~。花筏~」。
「西方千鳥ヶ浜大五郎。兵庫県高砂出身網元せがれ。東方大関花筏。大阪島之内出身。時津風部屋。千秋楽結びの一番であります。
この一番には味一番お茶漬けのりならこうらくえん。
サケ茶漬けならかいらくえん。梅茶漬けならけんろくえん。以上の懸賞があります」。
「わ~頑張れよ~!花筏!初めて相撲取んねんええの見してくれ」。
「千鳥ヶ浜地元のために頼むぞ!」。
「うわ~!」。この歓声で千鳥ヶ浜大五郎おやじに取るなと言われてたんでございますけどそんな意見がポーンと吹っ飛んでしもうた。
土俵へ上がってきたかわいそうな徳さん生まれて初めて相撲を取る。
親方に言われたとおりブルブルブルブル震えながら。
ここで徳さん怖いもの見たさという気が出たんでございますね。
あの千鳥ヶ浜大五郎どんな顔してんねやろうと顔をひょいっと上げますというと目の前で一生懸命仕切っとる千鳥ヶ浜の目ん玉がグリグリ。
「うわ…怖っ。えらい顔してるわほんまにもう…。これやったらわし立ち上がる間も何もないのにここでこいつに相撲で殺されてしまう。あ~えらいことになったな…。あれ?あら?体が動かんよ。蛇ににらまれたカエルってこのこっちゃがな。あ~…。
これやったら大阪でおとなしゅう一分もうけてちょうちん貼ってたらよかったのに…。
二分というお金がくれるっちゅうのそれ欲しさにここで命を落とすのかこれがこの世の見納めか…」。
熱い涙が両の目からボロボロ
ボロボロ。「南無阿弥陀仏」。
思わず念仏が出た。これが千鳥ヶ浜の耳にチラッ。
「『南無阿弥陀仏』?誰やおめえ!相撲見に来て念仏唱えとるってお前験の悪い客やでほんまに…。
花筏…泣いてる…。涙ボトボト落として泣いとるでおい。
はっ…
こいつやっぱりわしをここで殺すんかおい。
それにしてもかわいそうなやっちゃちゅうて涙流してわしのために念仏唱えてくれとる…。
わし何で土俵へ上がってんねや。
見てるだけやとおとっつあんに誓ったのに。
親の意見を聞かなんだばっかりにここで命を落とすのか。
これがこの世の見納めか!」思いますと熱い涙がボロボロボロボロ。
「南無阿弥陀仏」。
行司さんがびっくりした。
2人とも涙流して「南無阿弥陀仏…」。
息も何も合うはずがないええかげんなところでよいしょと軍配返しますというともう徳さんは無我夢中
動かん体にむち打ちまして立ち上がりまして
手をパーン!っと親方に言われたとおり突き出した。
千鳥ヶ浜は怖い怖いの一点張り。相撲取る気も何も失せてるところへ横っ面に手がバチーン!思わずよろよろ…バターン!
「はあ…はあ…はあ…え~!お前がこけてどうすんねんおい。わしが今から尻餅つくっちゅう作戦やないかいな親方どないしましょ」。
今からこけるわけにもいかずウロウロしておりますというと勝ち名乗り「花筏~!」。
「ええ相撲でしたな~ええ相撲でした。花筏やっぱり強いですわ」。
「千鳥ヶ浜強い強い言うたかてたかだか高砂の素人。花筏の張り手で吹っ飛んでしまいましたがな!花筏は張るのがうまい」。
張るのがうまいはず。
ちょうちん屋のおやっさんでございます。

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